「俺の〇〇やばいよね?」を繰り返す男の正体





その日のログイン。
今日も、いつもの常連さんが入室してきた。

挨拶もそこそこに、彼はいつものセリフを口にする。

「俺の包茎、やばいよね?」
「他の人に見られたら失笑されるよね?」
「こんなんじゃモテないよね?」
「ウインナーよりも小さいよ」

……今日も、だ。
私は慣れた調子で、相づちを打つ。

「うんうん、そうだね」
「ウインナーより小さいなんてかわいそうだね」
「完全に被ってるなんて、やばいね」

これが、私たちの会話 気づけば1時間。話題は最初から最後まで“それ”だけ。
しかも——これは今日だけの話じゃない。毎回来てくれる そして毎回、まったく同じ会話。

包茎トーク一本勝負。

最初は「またか」と思った。
でも、いつの間にかそれが当たり前になっていた。

でも、ある日ふと、胸の奥に小さな違和感が生まれた。

——なぜ彼は、
こんなにも毎回、同じ“自己否定”を繰り返すのだろう?

これはただの下ネタか。
それとも、何か別の意味があるのか。

——私は大先生に、この話をちらっとしてみた。

「彼は“本当に包茎を悩んでいる”わけではないよね、悩んでいるなら、解決策を探すはず…。」

確かに。
ただひたすら——
“俺やばいよね?”のループ…

「彼は“答え”が欲しいんじゃない“反応”が欲しいのかもしれない」

反応?

「自分を下げることで、相手がどう返すかを確かめることがある。」
「それは、自己否定の形をした“安心確認テスト”みたいなもの」


そして先生は、こんな言葉を続けた。

「彼は、“包茎”の話をしているんじゃない。」
「“自分は価値がない男だ”という物語を、毎回なぞっているだけだ。」

じゃあ私は——その物語を、毎回一緒に演じていたのかもしれない…

——でも、そもそも。普通ならこう答える。

「そんなことないよ」って。
「気にしすぎだよ」って。

普通は、相手の否定を持ち上げる。

なのに私は、

「うん、やばいね」
「それはかわいそう」
「確かにモテないかもね」

と、同調していた。あれはいつからだったんだろう…

最初は冗談だったのかもしれない。
軽いノリの会話だったのかもしれない。

でも気づけば、それが私の“役割”になっていた。

彼は自分を下げる。
私はそれに同調する。

それで会話は成立した。

チャットの世界って、面白い。
恋愛でもない。
友達でもない。
でもそこには、人の心の“ちょっとした避難所”みたいな時間がある。

もしかしたら彼にとって、この時間は——
“自分を否定しても、誰かがそこにいてくれる場所”だったのかもしれない。




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