大先生との関係は、気づけばもう2年以上になり 月に数回、そっと顔を出してくれる——そんな距離感だ。
大きな悲しみがあったのは、2023年2月。
このことについては、必ず記事にしようと思っている。
とてもつらい時期だったけれど、同じ経験を綴ったブログ記事や、グリーフケアに関する本の言葉たちに救われた。
だからこそ、いつか私も、誰か一人にでも届くように書きたいと思っている。
ただ、今は「大先生との出会い編」なので、ここではいったん詳しいことは省略する。
大先生に事情を話せたのは、2023年の7月だった。
空白の時間ができると悲しみが一気に襲ってきてしまうから、チャットも仕事も、できるだけ普段通りに続けてきた。
でも、心は正直で——限界は確かに近づいていた。
大先生に事情を話せる1年ほど前から稼働効率が上がるようにチャットスタイルが変わり 先生とお話しをする機会がすくなくなっていた。私がポイントを獲得しやすいように、あえてお話ではなく エッチなこと をして覗きさんを増やしてくれた。 覗きさんが多いほど私のPTは伸びる。それを分かって応援してくれていたのだ。だから、この1年はずっと「お話」より「応援」のためにエッチなことをしてくれていた。
その日は珍しく覗きさんがほとんど来なくて、自然とお話をする時間に。
前のように、たくさんのことを話してくれて その中の大先生が言ってくれた言葉が胸に届いて、泣きそうになった。 でも、その時点では気持ちを伝える勇気がなかった。いや、自分の弱さを見せるのがどうしても怖かったからだ。
そして、高いPTを払って来てくれているお客さまに、こんなネガティブな感情を話すのは申し訳ない…そんな気持ちもあった。
だけど次の日、私は大先生に一通のメールを送りました。
といっても「悩んでいるのでアドバイスください」というような内容ではなく、
昨日の言葉に少し救われました。今後も頑張ります。
ただ、それだけのメールでした。
先生はその短い文章で 何か を感じ取ったのだろう・・・
次の日――
「よければ、2ショットでお話ししましょう」
2ショットとは 完全に1対1のプライベート空間。
そんな返信が返ってきた。
📌余談
あのときの言葉は、心に深く響いて「絶対に忘れない」と思っていた。
……なのに、実は 覚えていないのである。(笑)
きっとあの頃の私は、いろいろな雑念が頭をぐるぐる回っていて、
目の前で起きていた 今 に集中できる余裕がなかったんだと思うーーー
そして次回は――
私がずっと抱えてきた経緯を、初めて大先生に打ち明けたあの日のことを綴ります。
言葉にした瞬間、何かが静かにほどけていった、あの日について。


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